SABED環境設計シミュレーション賞の社会人部門・チャレンジ部門が設けられ8回目となる今回,社会人部門の応募は3作品,チャレンジ部門の応募は4作品となった。社会人部門の応募3作品はそれぞれ特徴があったが,慎重な審議を経て,最終的に1作品に最優秀賞を,もう1作品に優秀賞を送ることになった。
最優秀賞の受賞作品は,大阪・関西万博のガスパビリオンにおける計画段階から実施設計,監理・施工から開催に至る過程で実施された環境シミュレーション結果を示すものである。特に,ファサードを特徴づける太陽光の反射と放射冷却効果を狙った新外装膜材の効果については,実験を含めた検討がなされており,その他に放射併用床吹出し空調による温熱環境や自然換気に関するシミュレーションによる検討が行われて高い評価を受けた。
優秀賞の受賞作品は,北軽井沢の外部環境を享受するリモートワークを行う住空間の提案であり,敷地屋外環境の快適性に関してUTCIを用いて解明した上で,日射計算により通年を通して最適な庇形状を決定し,さらに,室内の照明,換気計算に基づき室内環境の快適性を検証しており,空間の魅力を印象深く伝えている。
また,チャレンジ部門の応募4作品からは2作品に優秀賞を送ることになった。
1つの作品はボイド型テラス空間を活用するオフィスの提案である。空間シミュレーションを通して昼光・風・温熱・視・音環境を把握し,その組み合わせからSolo workなどの3つの活動を関連付け,空間との対応を検討している。さらには「屋外感」なる指標を導入して半屋外空間のウェルネス評価に取り組む姿勢が評価された。
今一つの作品は,ルーバーと構造材を兼ねる縦材を外装に設けるオフィスビルを対象に,窓面積算日射量の最小化,鉄骨量の最小化,可視率の最大化のためのパラメトリックスタディを行い,3つの指標を最適化した上で,ZEB Readyを達成する解を導くための検討を実施しており,チャレンジ部門の提案に相応しいことが評価された。
今回の受賞作以外の応募作品も,特徴があって優劣をつけるのは困難であった。今後もユニークな作品の応募に期待したい。
SABED代表理事 倉渕 隆
社会人部門 最優秀賞
◆EXPO2025 大阪・関西万博 ガスパビリオン
永瀬 修(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:気象分析、実測)
塚田 眞基(株式会社日建設計 DEL部 担当:CFD)
島田 英里子(株式会社日建設計 DEL部 担当:日射、反射シミュレーション)
海宝 幸一(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:反射実験、実測)
柳川 和慶(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:反射実験、実測)
石原 嘉人(株式会社日建設計 設計監理部門 担当:意匠設計)
杉本 政之(株式会社日建設計 設備設計G 担当:設備設計)
<作品評>
・意匠
万博パビリオンの計画において膜構造が定番化して久しいが、膜の環境性能向上とフレームのリユースを突き詰めた結果実現した本提案の建築の姿は、宇宙と交信するというストーリーも含めた独自の説得力を獲得している。シミュレーションに基づき建物性能を担保しつつ、設計・施工の方向性を迅速かつ的確に判断していくプロセス・コントロールは、極めて合理的かつ効果的である。実務レベルにおける環境シミュレーション活用の有効なモデルとなり得ると感じた。(安原)
・熱
膜を活用したユニークな形態の万博パビリオンについて、計画・基本設計・実施設計・管理施工・開催期間の各フェーズを通し、外皮と空調の最適化を進めた興味深いプロジェクトである。夏期の半年のみに利用されることから冷房に特化し、外皮膜の反射性向上および床付近に限定した冷房設備の最適化を、主にCFD解析により丁寧に進めている。夏の猛暑化への対応と脱炭素化の両立が求められる時代に向けて、空間計画・構造・外皮・空調の改善を融合的に行った好例として、広く参考にしていただきたい事例となっている。(前)
・気流
実際に竣工した大阪万博のパビリオンの環境設計案である。設計・施工・運用における性能検証プロセスについて詳細に解説されており、仮設的な建築における環境設計の好例として大変評価できる。万博会場のために周辺にどのようなパビリオンが建つか分からないという条件下での設計・施工がなされたという特殊な条件のもとに、一連のきめ細やかな環境設計によって、しなやかで柔軟な仮設建築を実現できている。(高瀬)
社会人部門 優秀賞
◆快適性を読み解きつくる建築のカタチ
増田 佑太(株式会社山下設計 未来環境デザイン室 施設ワーキンググループ)
岡部 新(株式会社山下設計 未来環境デザイン室 環境評価ワーキンググループ)
立石 直敬(株式会社山下設計 未来環境デザイン室 施設ワーキンググループ)
奥村 仁祥(株式会社山下設計 未来環境デザイン室 脱炭素ワーキンググループ)
坂本 達典(株式会社山下設計 未来環境デザイン室 木造ワーキンググループ)
曽根 拓也(株式会社山下設計 未来環境デザイン室 脱炭素ワーキンググループ)
石塚 裕彬(株式会社山下設計 未来環境デザイン室 木造ワーキンググループ)
小杉 太洋(株式会社山下設計 未来環境デザイン室 施設ワーキンググループ)
浜崎 美晴(株式会社山下設計 未来環境デザイン室 環境評価ワーキンググループ)
<作品評>
・意匠
北軽井沢の豊かな自然が持つ環境的ポテンシャルを最大限に活用することを目指し、敷地分析から建物形状の最適化、室内温熱・光環境の検証に至るまでさまざまなスケールでの環境シミュレーション活用を試みた意欲作である。また、シミュレーション結果も大変美しく表現されており、環境シミュレーションを専門家やエンジニアのみでなく、施主や設計者も理解し共有できるような形で活用しようという姿勢も高く評価された。(谷口)
・気流
CFD解析を駆使し、屋外環境に関しては主に樹木が温熱・風環境へ及ぼす影響が評価され、屋内環境に関しては夏の通風と冬の暖房効果の評価が行われている。特に、樹木が温熱・風環境へ及ぼす3つの主たる影響、則ち日射(熱放射)遮蔽効果、気流に対する空力抵抗・乱れ生成、蒸散に伴う顕熱の潜熱変換効果(気温低下および湿度上昇)が全て解析に組み込まれており、効果の総合的な分析を試みられている。中でも、蒸散潜熱の効果を評価に組み込んだ点が高く評価できる。蒸発潜熱は本来、樹種や樹齢、植樹密度等により異なるものであるが、これに関するデータベースは十分に整備されていないため汎用ソフトにその効果が組み込まれていないことが殆どである。これに対して、代替手法ではあるものの「ミスト発生」により評価を試みたことは評価に値する。(石田)
チャレンジ部門 優秀賞
◆オフィスにおけるボイド型テラス空間の活用と考察 Panasonic XC KADOMAを事例として
応募者
原田 尚侑(株式会社日建設計/半屋外共用部の環境エンジニアリング・全般)
井上 瑞紀(株式会社日建設計/音環境)
内田 橘花(株式会社日建設計/温熱環境)
關 信怡(株式会社日建設計/光視環境)
設計メンバー
野口 伸(株式会社竹中工務店/基本設計・実施設計・共用部環境デザイン)
須賀 定邦(株式会社竹中工務店/基本設計・実施設計・共用部環境デザイン)
市川 綾音(株式会社竹中工務店/基本設計・実施設計・共用部環境デザイン)
岡田 泰典(株式会社日建設計/基本計画・監修・共用部環境デザイン)
赤木 健一(株式会社日建設計/基本計画・監修・共用部環境デザイン)
水原 宏(株式会社日建設計/共用部FFE)
小林 健悟(株式会社日建設計/共用部FFE)
奥野 由布子(株式会社日建設計/共用部FFE)
<作品評>
・意匠
性能的・経済的に評価しづらい半屋外空間を建築に埋め込む試みと、シミュレーションをあくまで「ヒント」にとどめるべきだとする自制的な姿勢のいずれにも大変共感する。そのような空間が積極的に使われるかどうかは、結局のところ使い手の主体性に依存している。有用性を精緻な検証によって示すこと以上に、主体性を喚起する魅力的な空間への構想力が建築家に問われていることを、改めて思い起こさせられた。(安原)
・光
シミュレーションによって環境を評価することに重きが置かれた内容かと思われるが、竣工後の利用者アンケートを実施し、さらにその評価と物理値との関係性を検証しようとしている点などは(少し無理のある結論になっている部分もあるが)、これまでの応募作品にはなく、非常に意欲的な作品であると高く評価されよう。日本における半屋外空間の可能性が議論されている点も興味深かった。(吉澤)
◆環境性能と構造合理から生まれる、設計の新しい自由度
矢野 美奈子(株式会社佐藤総合計画)
千田 紗恵(株式会社佐藤総合計画)
陳 阿青(株式会社佐藤総合計画)
大澤 結(株式会社佐藤総合計画)
簱野 真優(株式会社佐藤総合計画)
衣袋 歩(株式会社佐藤総合計画)
宮内 隼(株式会社佐藤総合計画)
樹下 亮佑(株式会社佐藤総合計画)
湯川 大夢(株式会社佐藤総合計画)
平賀 圭悟(株式会社佐藤総合計画)
<作品評>
・気流
モデルオフィスビルを対象とし、環境性能と構造的合理性の双方の視点から、環境性能とイニシャル・ランニングコストを考慮した総合的な最適解を提案するという意欲的なケーススタディである。環境性能に特化することなく、部材を削減するという構造的合理性とイニシャルコストまで含めた最適化を行っている点が高く評価された。(高瀬)
※総得点順に掲載