学生部門の応募は例年同様グループ作品数が多く,意匠と環境設備を専攻する学生諸君が協力して作品を仕上げていくプロセスの中で,それぞれの立場で環境志向の建築設計に取り組んでいくことに期待したい。
一次選考を経て二次選考に残った応募作は,個人(学部):2作品,個人(大学院):4作品,グループ8作品となった。選考委員の合議によって,1作品に最優秀賞を,5作品に優秀賞を,5作品に奨励賞を授与することとなった。
最優秀賞は個人(学部)の「Biophilic Agriculture ~自然と人間が共存する「あわい」の空間~」に贈られることになった。シンガポールのマーケットを,自然と人間が共存する新たな空間として創出することを目指した計画となっており,建物はフードコート,コミュニティスペース,マーケット,ビオトープから成るが,農作物の生産の場としての機能も持っている。農作物の生育に適した積算日射量,日照時間,光飽和度に対してスラブ配置を主要なパラメータとしたシミュレーションを実施し,最適なスラブ配置と農作物の配置を決定しており,複合機能を調和的に実現する魅力的な提案となっている。
その他,個人(学部)では,水鳥の生育空間と人との交流の場を創造する「取再考―鳥と人の為の建築による生態系ネットワークの再編-」,個人(大学院)では,コウノトリなどの生育の場,じゃことりの場としてため池を再生する「ため池コンバージョンー都市ストック活用による生態系循環構想―」,風を取り入れ,日射を遮蔽するファサードシステムを導入した「Breathing Architecture そのオフィスは呼吸する」に優秀賞が贈られることとなった。
グループ作品では,気候変動の状況に応じて建物を構成するパーツを組み替える提案である「変わりゆくもの,変えたくないもの,変えるもの。変わりゆく未来に応え続けるDetachable建築の提案」,総合病院のサブエントランスを改修し,開放的で親しみやすいゆとり空間を創造する「病院裏の小さな再編」に優秀賞が贈られることになった。
今回は最優秀作品賞を個人(学部)の応募作品に贈るという結果になったが,総じて各ジャンルの提案作品のレベルは高く,多様な環境要素をシミュレーションによって検討することが定着してきている。今後とも,SABED賞への応募がモチベーションの向上に繋がり,学生課題の作品の向上につながれば幸いである。
SABED代表理事 倉渕 隆
最優秀賞
◆Biophilic Agritecture 〜自然と人間が共存する「あわい」の空間〜
田中 希穂(名古屋大学 工学部 環境土木・建築学科4年)
<作品評>
・意匠
敷地・テーマの設定が非常に巧みである。シンガポールにおける人々の食文化と気候環境を考えれば、この建築は十分に実現可能性があり、すでに建っていても不思議ではないと感じる。開放的な空間も実に魅力的である。彼の地における植物の発育環境を思うと、農作物と建築がさらに過激に混ざり合う、よりワイルドな建築の姿が描かれていてもよかった。いずれにせよ学部生のレベルを超えた優れた建築提案である。(安原)
・光
環境シミュレーションの狙いが明確であり、全体として筋の通った優れた作品であった。光環境も複雑なシミュレーションを行なっている訳ではないが、農作物の光環境の最適化を目的とするという観点からは十分な内容になっていたといえよう。他の作品にも共通するが説明パネルには光環境シミュレーションの詳細設定、特にパラメータ設定を記載しておいてほしい。(吉澤)
・気流
当作品は、シンガポールの都市部に農業空間を挿入することによって、都市に生活する人々に自然体験を与えようというものである。まず、説明資料では、作物の育成において最適な形態をいかに決定したのかという点に内容が集中していたが、課題に挙げられていた、都市に暮らす人々をいかに豊かな自然と結びつけたか、という点に関する説明が十分でなかった。具体的には、ポートフォリオにおける提案作品のレンダリング画像を見ると、一般的な植栽を行っただけでは得られない体験が何であったのか、読み取ることが困難であった。
しかしながら、スラブ配置の最適化検討を主とする環境設計に関する提案が秀でている。目的変数の設定、目的値の検討に始まり、3段階手法およびk-means類型化手法を使用することで、多目的最適化を効率よく進めている。遺伝的アルゴリズムを自身の武器として扱うことができており、自動設計技術の活用という観点から高く評価できる。
風環境解析のウェイトは大きくはなかったが、風に対して強い植物かどうか、という作物配置決定に適切に利用されているように思われた。(石田)
優秀賞
◆ため池コンバージョン ー都市ストック活用による生態系循環構想ー
藤巻 大輝(京都工芸繊維大学 工芸科学研究科 建築学専攻 修士2年)
<作品評>
・意匠
気象分析からCFD解析、熱負荷計算、太陽光発電量計算に及ぶまで多岐にわたる環境シミュレーションを組み合わせて丁寧な設計検討が行われた力作である。「バッファ空間」と呼ぶ半屋内外空間は空間的にとても魅力的であり、また季節ごとの環境やそれに伴うこの建築での過ごし方を提案している点も共感できた。一方で、冷暖房負荷の算出結果を見るに、建築外皮・ファサードのデザインを工夫することでより快適かつ省エネな建築を提案できる余地があったのではないだろうか。(谷口)
・気流
ため池に新たな付加価値を与えつつ景観を維持し、地域に好循環を生み出そうとする姿勢で読み解いた点が評価できる作品である。屋外空間の風環境についてCFD解析を実施しており、気候分析や煙突効果による換気量算定、熱負荷計算など、検討のプロセスも地に足がついている。自然通風利用時に建物内部へ風がどのように導入されるのか、屋外のCFD解析と空間構成の関係まで踏み込んでいれば、なお、魅力が高まっただろう。また、地下水を熱源とするヒートポンプを提案しているが、ため池そのものを熱源として積極的に活用する、より“ため池中心”に振り切った省エネ戦略も検討の余地があったように思われる。(大風)
◆変わりゆくもの、変えたくないもの、変えるもの。 変わりゆく未来に応え続けるDetachable建築の提案
樽本 芽武(明治大学 理工学部 建築学科 建築環境デザイン研究室 学部4年 担当:風解析)
鈴木 皓人(明治大学 理工学部 建築学科 建築環境デザイン研究室 学部4年 担当:光解析、視線検証)
Jang Seoyeon(장서연 淑明女子大學校 숙명여자대학교 美術大學絵画科 学部4年 担当:ボード統括)
松木 悠眞(明治大学 理工学部 建築学科 建築環境デザイン研究室 学部4年 担当:設計、日射解析)
松本 一航(明治大学 理工学部 建築学科 建築環境デザイン研究室 学部4年 担当:担当:設計、光解析)
<作品評>
・意匠
将来の気候変動を考慮して設計することは、結果的に建築の長寿命化にもつながり、これからの建築設計において欠かすことのできない姿勢である。本提案はこの気候変動に対して「Detachable」という可変の建築要素を挿入することで対応しようとした意欲作である。建築ボリュームの検討や開口位置、屋根形状など複数のスケールで環境シミュレーションを活用して検討している点も評価に値する。一方で、「せり出し幅」の最終決定にあたってやや定性的な判断にとどまっている点が惜しい。遺伝的アルゴリズムを用いた多目的最適化など、せっかく複数のシミュレーションを組み合わせている効果を最大化する検討・決定プロセスがあり得たように思う。(谷口)
・気流
短期的な四季の変化に応じた提案は多くあるが、本作品では将来的な気候変動の可能性も考慮して衣替えするDetachable建築を提案しているという射程の広さが大変評価された。また、個々のシミュレーションの実施内容も精緻で定量的に検討されており、意匠面も含めて環境設計技術も極めて高い提案であった。上下に流れる風の通り道がCFDによって確認されていたが、図面表現では各階が分離されているような印象が強いのが気になった。11.Perspectiveに部分的に示されているが、建築的な楽しさについて、もっと全面的にアピールしても良かったのではないかと感じた。(高瀬)
◆Breathing Architecture そのオフィスは呼吸する
瀬野 陽生(広島大学大学院 先進理工系科学研究科 建築学プログラム 都市・建築計画学研究室 修士1年)
<作品評>
・気流
室内環境を良くするだけにとどまらず、都市を冷やす有機的なバイオフィリックファサードをもつ「呼吸する建築」の提案である。ビルのボリューム検討やファサードシステムの具体的な検討における環境エンジニアリングについて高く評価できる。一方で、ワークスペース部分のゾーニングや什器配置の提案が乏しいので、オフィスにおける働き方をより細かく考慮した内部環境の提案までできたら更に良い提案になるだろう。(高瀬)
・気流
「呼吸する建築」をテーマに、屋外の環境ポテンシャルを建物内に取り込むだけでなく、建物から屋外へと風や緑を吐き出すことを狙った設計提案である。
解析条件に関する説明が十分ではない(SET*やWBGTが評価指標に用いられているが、流入風の鉛直分布や建物排熱条件に関する記載が無い。放射解析条件に関する説明が無い。放射解析に関しては、解析結果から日陰の影響等が確認できないことから簡易解析手法もしくは一定値が使用されたものと思われるが、いずれにしても説明が無い。など。)ものの、CFD解析や逆解析技術、最適化技術を適切に活用し、建物形態の提案に結びつけた点は、環境シミュレーション設計の観点から一定の評価ができる。
なお、風速が大きい上空風の地表面への導入(鉛直方向の風の道デザイン)は、台風などの稀な強風時において、周辺街区に風害を及ぼす可能性を有する。吹き降ろしにより上空風の運動エネルギーを導入するエリアを、風害の発生が懸念されるエリアと分離するなど、様々な状況にも適応可能な設計提案が行われると、一層評価が高まると考える。(石田)
◆病院ウラの小さな再編
増澤 立旭(茨城大学 大学院 理工学研究科 都市システム工学専攻 一ノ瀬彩研究室 修士2年 担当:熱解析)
上原 尚登(茨城大学 大学院 理工学研究科 都市システム工学専攻 一ノ瀬彩研究室 修士2年 担当:光解析)
小西 百恵(茨城大学 大学院 理工学研究科 都市システム工学専攻 一ノ瀬彩研究室 修士2年 担当:照明計画)
北村 冬馬(茨城大学 大学院 理工学研究科 都市システム工学専攻 一ノ瀬彩研究室 修士1年 担当:構造計画)
小林 和奏(茨城大学 大学院 理工学研究科 都市システム工学専攻 一ノ瀬彩研究室 修士1年 担当:仕上げ・植栽計画)
岩間 綾(茨城大学 工学部 都市システム工学科 一ノ瀬彩研究室 学部4年 担当:模型作成)
加藤 綾菜(茨城大学 工学部 都市システム工学科 一ノ瀬彩研究室 学部4年 担当:模型作成)
小西 真朱(茨城大学 工学部 都市システム工学科 一ノ瀬彩研究室 学部4年 担当:模型作成)
<作品評>
・意匠
多くの人々にとって、身体的・精神的不調を抱えた状態で過ごすネガティブな空間となりがちな病院の待合ロビーを、ユーザーの身体に近いコージーな空間として再構築しようとするアプローチに強く共感した。空間の質やユーザー像に関する目標設定が明確であれば、シミュレーションの適用方法も自ずと明解になる。その好例といえる提案である。(安原)
・光
目の付けどころが面白い非常に好感の持てる作品であった。光環境シミュレーションや照明計画も妥当な内容となっており、閉塞感をなくし採光を確保するための検討プロセスも説得力の高いものになっていた。なおRadianceベースの光環境シミュレーションはパラメータ設定次第で値が大きく異なるので、できるだけ説明パネルに詳細な設定値を記載してほしい。(吉澤)
◆鳥再考 ー鳥と人の為の建築による、生態系ネットワークの再編ー
本山 朗生(東京理科大学 創域理工学部 建築学科 学部4年)
<作品評>
・意匠
鳥との共存を目指し、さまざまな種類の鳥にとって居心地の良い空間を建築が提供する考えは、近年その価値が再考されているバイオフィリックデザインの理念にも通じるもので、これからの時代の建築が考えなければならない課題に正面から取り組んだ姿勢を高く評価する。鳥を第一に考えた建築が、翻ってそこにいる人間にとってどのような新しい価値を提供できるのかについても提案されていれば、さらに計画された建築の魅力が伝わったと思う。(谷口)
・気流
野鳥の生態に着目し、3つの敷地それぞれに異なる建物形状を与えることで、多様な屋外風環境を意図的につくり出し、鳥が好む風速に応じた棲み分けと、そこに付随する人間のアクティビティを誘発しようとする点に独自性のある作品である。野鳥の視点から光環境を検討しているだけでなく、建物としての熱負荷計算も行うなど、環境工学的なアプローチが多角的で評価できる。一方で、3つの建物間を鳥が行き交うことで形成されるネットワークを通じ、地域全体として生態系がどのように再編されうるのかまで踏み込めれば、提案のスケールが一段と広がり、より説得力のある作品になったであろう。(大風)
奨励賞
◆人と植物、屋根と屋根の隙間から
宮本 雄吏(東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 前真之研究室 修士1年)
<作品評>
・意匠
堀口捨己の処女作である小出邸を、環境的視点から再設計する試みである。堀口が近代建築と日本建築の融合をテーマとして操作した形態の組み合わせを、異なる環境の重なりとして再読し、そこに生じる微細なズレの空間や環境のムラを発見していくプロセスは大変興味深い。(安原)
◆富嶽湯景 ー稜線に託す継承のかたちー
東京理科大学・芝浦工業大学・名古屋市立大学・シンガポール国立大学 国際学生ワークショップ
渡邊 匠(東京理科大学 修士1年 担当:意匠設計)
米澤 奈央(東京理科大学 修士1年 担当:意匠設計)
大上 翔子(東京理科大学 修士1年 担当:意匠設計)
Elise Taithe(東京理科大学 学部3年 担当:意匠設計)
鳥羽 拓郎(芝浦工業大学 学部4年 担当:意匠設計)
大牧 莉緒(芝浦工業大学 学部4年 担当:意匠設計)
Yan Yujie(シンガポール国立大学 NUS修士2年 担当:意匠設計)
Ralf(シンガポール国立大学 NUS 学部1年 担当:意匠設計)
小島 健豊(東京理科大学 学部4年 担当:環境設計)
伊藤 光希(東京理科大学 学部4年 担当:環境設計)
浦山 隼弥(東京理科大学 学部4年 担当:環境設計)
濱 悠翔(東京理科大学 学部4年 担当:環境設計)
前島 颯太(名古屋市立大学 修士1年 担当:構造設計)
<作品評>
・熱
富士山の威容にインスパイアされた空間計画を活かし、立体的な換気と昼光利用を検討している。「反り」がある富岳を模した形態と内部空間の魅力を、空気・光環境シミュレーションによりストレートに表現できており、特に直達光と天空光が重なる室内光環境の移ろいが季節や時刻ごとに表現できていることを評価したい。(前)
◆警鐘から継承へ ー形骸化された文化財の再建ー
日名 泰聖(芝浦工業大学 システム理工学部 環境システム学科 学部3年)
吉野 暁雄(芝浦工業大学 システム理工学部 環境システム学科 学部3年)
古島 光(芝浦工業大学 システム理工学部 環境システム学科 学部3年)
<作品評>
・熱
白川郷・五箇山の集落における合掌造りについて、その形態を活かしながら、日射や通風の検討を丁寧に行っている。特に、伝統産業の継承のため内部で和紙生産を行うこととして、楮を蒸す過程や和紙の乾燥過程における水蒸気の排出の検討につなげている点が興味深い。(前)
◆音をまとう建築
田中 羽美(東北大学 工学部 都市・建築学専攻 プロジェクトデザイン学分野 学部4年 担当:意匠設計)
生天目 千颯(東北大学 工学部 都市・建築学専攻 ITCD学分野 学部4年 担当:意匠設計)
伊藤 琉斗(東北大学 工学部 都市・建築学専攻 居住環境設計学分野 学部4年 担当:意匠設計)
岸口 祐太(東北大学 大学院 都市・建築学専攻 居住環境設計学分野 修士1年 担当:環境解析)
佐藤 麻里愛(東北大学 大学院 都市・建築学専攻 居住環境設計学分野 修士1年 担当:環境解析)
<作品評>
・熱
音をテーマに住宅とギャラリーの設計を進めた、これまでに類似例が少ない大変興味深い設計である。音の設計というと外部騒音の遮音や内部の残響制御が主になりがちなところを、外部の好ましい音の取り入れまで想定しているところは非常にユニークである。シミュレーションの発展とともに、音を含めたより総合的な環境設計の発展に期待したい。(前)
◆看板レゾナンス ー断絶した3棟を結び、周囲と響き合う看板建築の再生ー
壹岐 裕実子(東京大学 大学院 工学系研究科 建築学専攻 修士2年)
<作品評>
・光
将来標準年拡張アメダス気象データを使った50年度の検証が全体として説得力を与えていたといえよう。様々な環境評価を行なっている点も奨励賞として十分に評価されよう。光環境において、北側採光の検討のために昼光率を用いた点も妥当である。ただしなぜせり出しの長さを変えても2-3階では昼光率が変化しないのか、資料からは理由が分かりづらかった。(吉澤)
※所属・学年は応募時のもの、総得点順に掲載