SABED環境設計シミュレーション賞2019では、社会人部門を新設した。実務者(意匠設計者・環境設備系エンジニア)の魅力的な建築提案と高度なシミュレーション技術の融合とに焦点を当てて作品を評価する設計コンペは、これまで国内であまり見られなかった試みである。実施物件・非実施物件のどちらも対象としたが、社会人部門として相応しいレベルの作品が多く応募されていた。設計初期段階のシミュレーション検討によって、形態を決めていき、次第に詳細な検討を行うという理想的なプロセスを経て実際の建物が建設された事例も登場しており、今後の建築環境設計が新しいステージに突入していくような期待感も抱くことができた点は非常に喜ばしいことである。
初回となった今年は少数の応募に留まり、公開審査の開催は見送ったが、来年はより多くの作品が応募されることを期待したい。

最優秀賞

みやこ下地島空港ターミナル

原田尚侑 (株式会社日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ,環境設備設計)
浅川卓也 (株式会社日建設計,環境設備設計)
土田えりか(株式会社日建設計,環境設備設計)
永瀬修  (株式会社日建設計,風環境解析)
内田橘花 (株式会社日建設計,風環境解析,建築CFD講座エンジニアコースブロンズ)
關信怡  (株式会社日建設計,コンピュテーショナルデザイン)

<作品評>

本計画は蒸暑地域において自然環境を積極的に取り込んだ魅力的な空港の計画となっており,日射遮蔽、照明、気流環境の最適化に環境シミュレーションが適用されている。また、何より出来上がった空間が快適そうで、訪れてみたいという気にさせるという総合点の高さから最優秀賞に選ばれた。
シミュレーションの活用においては、CFD解析の信頼性を高めるためにメッシュのアスペクト比や計算残差への配慮がなされていることは、信頼できるシミュレーションを実施しようとする考えの表れとして好感が持てる。またリアルタイムシミュレーションを表示するために、メッシュの合理的配置などの検討も興味深いが、環境解析の結果を利用者に示すことの効用についての説得力がやや弱い。快適な空間を捜す行動変容につながるかも知れず面白い試みであるので、本計画の運用後の性能検証にも期待したいところである。
一方で、夏期の一番厳しい時間帯でのハイブリッド冷房を解析したCFD結果ではSET*が32℃を超えており、公共空間としての熱環境としては冷房のみを想定したほうがリアリティがあるものと感じられた。また、残念ながら光環境・眺望性の評価については、それらに較べると検討精度が一段低い。ASE*をこのような空間に適用することの意味づけ、視界に占める自然の割合の算出方法などについては最低限記載がないと、光・視環境シミュレーションの妥当性の判断が難しいといったコメントも挙げられた。

 

優秀賞

「環境選択権」を持つ建築の提案 ~統合設計手法の習作~

森知史 (株式会社竹中工務店,意匠設計・光環境解析)
吉田英明(株式会社佐藤総合計画,熱負荷計算・熱環境解析・光環境解析)
永田卓也(株式会社竹中工務店,熱負荷計算・熱環境解析・光環境解析)
山本遼子(オーヴ・アラップ・アンド・パートナーズ・ジャパン・リミテッド,快適性評価・風環境解析)
内田早紀(オーヴ・アラップ・アンド・パートナーズ・ジャパン・リミテッド,構造設計)

<作品評>

本作品は光、熱、気流、エネルギーを複合した環境評価を設計の初期段階から導入し、居住者が建物の環境を変えられるファサードの機能を持つオフィスビルの習作である。
複合的な環境シミュレーション、室内環境のムラを許容した環境選択権のコンセプトの組み込み方法等において、SABED賞にふさわしい作品であると評価できよう。各シミュレーションにおける設定条件・パラメータ設定についても細かく情報を提出している点も、シミュレーションの信頼性を担保する上での基本的姿勢として好感がもてる。
一方で、各種環境の分布を手掛かりに、平面形態や空間構成、使われ方の関係性の検討へ展開できるとより良かった。また実際のオフィスとしての機能の説明が不明確であり、異なる在室者間の環境選択権の矛盾や、環境選択権と全体としての省エネルギー性能とのぶつかりをどのように解いていくのかという視点が不足しているため、実際の建物としてはやや現実性に欠けるきらいがあろう。厳冬・猛暑の際の室内環境がどのようになっているのかについても気になるというコメントも挙げられた。

 

優秀賞

ダイヤゲート池袋 大樹の外皮で呼吸するウォールスルー併用空調システム

久保洋香 (日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ,設備設計者)
古川ひろみ(日建設計総合研究所,シミュレーション担当,建築CFDエンジニアコースシルバー)
永瀬修  (日建設計,シミュレーション担当,シミュレーション講座統合デザインコース)
塚見史郎 (日建設計,設備設計者)
一ノ瀬雅之(首都大学東京,竣工前後の実測・検証)
加藤貴也 (首都大学東京,竣工前後の実測・検証)

<作品評>

本提案は都心の騒音の影響の大きい商業地域においても自然換気を取り入れ,省エネルギーと快適性を両立させた排気利用型WTUを高層建築に導入する際の多角的な問題の解明にCFDを有効に活用し設計に反映させたものである。周辺状況を考慮した建物周辺気流の影響を加味した外部ファサード形状の決定、外部風圧作用時にも安定した排気ファンによる換気、各種空調・モード時における室内温熱環境評価などにCFDが効果的に活用されていること,CFDモデルの作成に建築,設備BIMを利用することなどの試みがなされており,竣工後の実測・アンケート調査まで含めて、その先進的な取り組みは高く評価したい。
一方で建築全体として目指した環境の質に関しては、シミュレーションを通じて初めて得られるような目新しさまでは感じられず、多面的な視点からのファサード設計や建物全体の形態決定などの検討までなされていると、よりSABED賞にふさわしいものになったと思われる。